語感による科学的名づけ

氏か育ちか

  少女モモ と モモじいさん  

先日、本屋の店頭で「河合隼雄の幸福論」が目にとまり買い求めて読み始めた。
今、‘幸せ’と‘幸福’の違いについて書いているので、それについて河合隼雄先生が何かおっしゃっているかとも思ったのである。本の帯に養老孟司推薦とあったのも気になった。養老孟司の「「自分」の壁」についても色々言いたいと思っていたからである。
「河合隼雄の幸福論」はまだ読み始めたばかりだが、河合先生は‘幸せ’と‘幸福’の違いについては余り気にしていないようである。そもそもは、「しあわせ眼鏡」であったものを「幸福論」といかめしく改題したもののようである。

もともとは新聞に連載されたもので、第2話に「モモの笑顔」というのがあった。
有名なのはミヒャエル・エンデの少女モモであるが、ここのモモは老人である。NHKの北アフリカ紀行に出てきたカスバの「モモじいさん」の話である。詳しくはこの本を読んでいただくとして、このモモじいさんは笑顔がすばらしく、いろいろな人が話を聞いてもらいに訪れるのだという。そして著者の河合先生は、時間に追われる現代人に警鐘を鳴らし、次のように言っている。
「考えてみると「モモ」の主人公の少女モモも、たくさんの人の相談を受けて、彼女に話を聞いてもらうだけで、人々は心のなごんでゆくのを感じるのだった。少女のモモと老人のモモ、どちらも素晴らしいが、その共通点は「時間」というものに縛られていないことらしい。あるいは、自然の時間に生きている、と言っていいだろう。」

そこで、名前‘モモ’の語感を分析してみた。
ミヒャエル・エンデがなぜ少女を‘モモ’と名付けたのか。なぜカスバの人々がこの老人を‘モモ’と呼ぶようになったのかは分からない。しかし、少なくとも感覚的に‘モモ’に違和感がなかったからだろう。
今回は、従来の名前分析エンジンと今新しく制作中の言音感・語音感分析エンジンで分析し、並べてみた。やはり、時間感覚が絡んでいるようだ。
(平成27年1月19日)

旧バージョン新バージョン
(全体イメージ)(語音感)
1温 厚包容力
2豊 か豊 か
3まろやか落ち着いた
4ゆっくり温 か
5濃 厚ゆっくり
6豊 潤ぼ・か・し
7おおらかメンタル
8包容力豊 満
9温 か濁 り
10ボリューム感崩 れ
''''(ファンダメンタル)(言音感)
1集中・纏り感充 満
2充ちた・塊り遅 い
3大きい重 い
4繋がりぼかし・崩れ
5澱み感温かい
6柔かい大きい
7鈍 い抑 制
8パワー・力感ボリューム感
9温かい柔かい
10濃 い多 い
(素材感)(素材感)
1温かいゆっくり
2大きい温 か
3濃い・厚い豊 か
4落着いた重 い
5柔かい濃 い
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  伊達直人 と 菅直人  

直人同士とはいえ、このお二人を比べるのは、いずれに対しても大変失礼なことなのかもしれない。
しかし、名前がその人の性格を決めると主張している立場上、こうもお二人の印象が対極にあると、一言触れざるを得ない。

「この世に生まれて以来呼ばれ続けた名前が、その子の性格形成に、大きく影響する」という私の主張に対し、「それでは、同じ名前の人は皆同じ性格なのか」という反論がよくある。
言い訳めくが、私は人の性格を決めるのは名前だけだと言っている訳ではない。人には生まれながらの気質というものもあるだろう。長男に生まれるか、末っ子に生まれるか、生まれてからの環境によっても性格は変わってくるだろう。しかし、その上で、呼ばれ続けた名前の音のイメージが、性格形成に大きく影響していると言っているのである。

名前の性格形成に与える影響も、その子の気質によって増幅されたり、減殺されたりといろいろに変わる。名前のイメージと気質とが同じ傾向であれば相乗効果が出るだろうし、傾向が逆であれば一部相殺されるかもしれない。
人は生まれつき華奢な人もあれば、骨組みのしっかりした人もあり、すぐ肥る人もあれば、いくら食べても肥れない人もいる。
このような体質は生まれつきであるが、これと同じように生まれついての気質というものがある。そして、この体質と気質にはなにがしか相関があるように思う。

私は、体質には大きく分けて3種類あると思う。
指も手もほっそり長い‘スラリ’型。
骨組みがしっかりした‘ガッチリ’型。
全体に丸くふっくらした‘フックラ’型である。
そして、この3つの型それどれに特有の性格特性があると思う。
‘スラリ’型は、神経質な内省型。孤独を愛するロマンチスト。
‘ガッチリ’型は、実利派の行動型。筋を通す頑固一徹。
‘フックラ’型は、楽天的なエンジョイ派。おしゃべり大好き社交家である。
そして、全ての人は、この3つの型が混じりあっており、その混じり具合によってそれぞれの性格傾向をもっており、これが気質といわれるものである。
‘スラリ’型の子供にパワーのあるごつい名前を付ければ、それは、その子にとっては異質で、重荷になるかもしれないが、逆にそれが励ましにもなるかもしれない。

私は、名前は例えて言えば、ケーキを焼くときの型枠のようなものだと思う。丸、三角、四角、星型をベースに、動物の形、花の形などさまざまな型で作ることができる。
そして、気質はケーキの生地にあたると思う。通常、ケーキの生地は、ベーキングパウダーに卵、バター、砂糖などをミックスして作るが、その配合具合や、卵の白身をホイップするとかによって生地の出来上がりは随分と違う。混ぜ物が少ないと花型なら花形できっちり焼き上がるだろう。しかし、生地によっては花型でも丸に近くなってしまうこともある。
そして、生まれ出てからの環境はトッピングにあたるかもしれない。白いシロップをかければ白い花型になり、チョコレートをかければチョコレート色の花型になり、それぞれ全く別の印象となる。しかし、やはり花形は花形である。

名前の語感分析は、この型枠についてのみを言っているのである。材料の配合は天の与えるもの。トッピングも、長男に生まれるか、大家族に生まれるか、農村に生まれるかはほとんど与件に近い。
唯一、名前だけが、親の子に対する思いを込めることができるものなのである。それ故、赤ちゃんの名付けは大切なのである。

伊達直人の場合は、事情は少し違うと思う。この伊達直人という名前は、作者がその役柄に合わせて名付けたものである。したがって、タイガーマスクの人となりが伊達直人という名前のイメージと離れたものであるはずはない。ただ、ここで注意すべきは、このタイガーマスクが直人と呼ばれて実際に育ったわけではない。作者はタイガーマスクの人生を通して相応しいと思う名前として伊達直人と名付けたのである。そして、作者はこの名前を選ぶにあたって、真っ直ぐな人という漢字の意味に引かれたのではないだろうか。
名付けが性格に大きく影響するのは3歳までである。4・5歳になると自分の名前の漢字も読めるようになり、意味もあらかた分かるようになるし、誰かからもらった名前であれば、その謂れも聞かされるので、これらのことが影響を与えるが、それはその子の人生に対する態度に対してであって、性格にまでは影響を与えない。(性格の定義の仕方にもよるが、)

菅直人は直人の型枠で性格付けられているが、伊達直人は名前の意味からくるイメージで主として名付けられたのではなかろうか。(だから、お二人を比較するのは意味がないと思う。)
        平成23年1月31日

  氏 か 育ち か   遺伝 か 環境 か  

      NATURE VS NURTURE

 性格は遺伝で決まるのか、育った環境で決まるのか。

 私の結論は、

   NATURE VIA NURTURE       (本の題名 邦題 "やわらかな遺伝子")

 すなわち、性格は環境によって発現した遺伝である、というものです。

 極端にいうと、環境が適さなければ、いかにいい遺伝因子を持って生まれようと発現しない。また、いかに恵まれた環境で育てられようと、その遺伝因子を持っていなければ発現しないということです。
 いいかえれば、いかにいい素質を持って生まれても環境に恵まれなけば、その素質を花開かせることはできない。いかに恵まれた環境に育とうとも、生まれつきその素質がなければその素質を伸ばすことは出来ない。そういう意味で、遺伝50環境50ということもできます。

 生まれてきた子供に与えられた名前も環境の一つです。まず、その音の語感が、その子への励ましにもなり、諌めにもなります。長じて意味を理解するようになれば、それを親のメッセージとして、やはり、成長の指針ともなるでしょう。
 "イチロー"という名前は、意味を理解するようになると、自分は長男なんだとか、一番なんだと意識するようになりますが、それ以前に、すなわち、意味を理解する以前には、"ノビノビと"とか"イケイケ"というような親の励ましと受け止めるでしょう。分析例の人物イメージ語上位をご覧ください。

 ただ、同じ励ましを聞いても、その子の生まれつきの気質によって、受け止め方はそれぞれ違うでしょう。気質によっては、その励ましにノリノリになるでしょうし、気質によっては、尻をたたかれる、背中を押される感じになるかもしれません。しかし、いずれにしても方向は同じです。性格としての現れ方が、その子その子で少し異なってくるだけです。親のメッセージとしては同じに伝わります。

  性格とは     体質・気質・性格・態度  

 私は、人には生まれつきの体質というものがあり、その体質に伴って気質というものがあって、これは遺伝子由来のもの、すなわち、遺伝的なものと考えています。

 そして、この気質に、生まれ育った過程での環境が影響して性格が作られ、これに本人の選択が加わって態度が形成されます。外面的に現れるのがこの態度で、これを一般的には、その人の性格と呼んでいます。

 人の性格は、表面に現れた態度的なものだけではなく、その裏にその人の本当の性格、そして、又その奥にもって生まれた気質というものがあり、ときに、それらが表面に浮かび上がることがあり、人の性格の複雑性をいや増しています。
 人は大きな危機、あるいは、死に直面したとき本性が現れるといいますが、これがその人の気質です。

 名づけによる人の性格への影響は、この環境因子の一つで、同じ名前でも、基の気質によって性格としての現れ方が異なってきます。

 人は生まれつき、キャシャな人、骨太な人、色黒な人、毛深い人など色々ありますが、気質も当然それに伴って違ってきます。この体質は、まず一生変わらず、気質も変わりません。表面的な態度が変わりうるだけです。

 この気質と体質の相関は、古来気づかれており、近代に入り、独のクレッチマー(Ernest Kretschmer)により体系化されました。分裂質、躁鬱質、てんかん質の三つに分ける考え方ですが、用語に差別に通ずる表現もあって、今ではあまり使われませんが、実際に人間を観察していると体質的違いのあるのは確実で、私は、スラリ型、ふっくら型、ガッシリ型として捉えています。

 1940年、ハーバード大学のシェルドン博士(Dr.William H. Sheldon)は4千人余りの学生を裸にして、その体型と性格との関連を調査し、有意の結果が出たということです。ただ、ここでの性格は私のいう態度にあたり、本当の気質ではなさそうです。カモフラージュされた気質です。

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